田園2019年4月号 巻頭言

田園2019年4月号 巻頭言

復活祭を迎えるにあたって
主任司祭 ドミニコ竹内正美神父

今年の復活祭は4月21日となります。
復活祭を前にして、主の過越に関する事柄を述べてみたいと思います。
昔、イスラエルの人たちがエジプトで奴隷にされ、苦しめられ滅ぼされかけた時、神様はモーセを通して救いの手を差し伸べられました。(出エジプト3・7〜8)ある夜、イスラエルの人々は小羊を殺し、その血を戸口に塗って家の中で祈りながら待っていました。(出エジプト12・21〜22)
その夜、神の力がエジプトの町々を巡り、初子(長男)の命を奪って行ったのですが、イスラエルの人々の家の上は通り過ぎてしまい、皆無事でした。(出エジプト12・27)
このことからエジプトの王ファラオはイスラエルの人々の解放を約束し、イスラエルの人々は出発します。(出エジプト12・31)主はモーセとアロンに追越祭の掟を定め、イスラエルの共同体全体がこれを祝うように命じられます。(出エジプト12・17)
しかし、すぐ後にエジプト王ファラオは心が変わり、自ら軍隊を率いてイスラエルの後を追い駆けるのです。(出エジプト14・6〜8)海岸まで来て、後ろからはエジプトの軍隊に追いかけられ、前には海という絶望的な状態になった時、海が割れそこを通ってイスラエルの人たちは救われました。(出エジプト14・21〜22)
イスラエルの人々は、それ以来、毎年この日を記念して追越祭を祝ってきました。
神の力がイスラエルの人々の上を通り過ぎて(過越し)救われたこと、死の象徴である水の中を神の助けで通り抜けて(過越し)救われたこと。これらを記念し神が救ってくださったことを思いだし、同じ神が、現在の私たちをも救ってくがさるように願うのです。
最後の晩餐も、追越しの食事であったと言われます。イエスは、ご自分が人々の救いのために贖いの生贅となること、苦しみと十字架の死を通して新しい生命への復活に達することを意味する感謝の祭儀(ミサ)を定められたのもこの最後の晩餐でした。
キリストは、その死を通り抜けて新しい生命に復活されました。これを、キリストの過越しと言い、その記念である主の晩餐(聖木曜日)、主の受難、主の復活とを、主の過越の聖なる三日間と呼んで、キリストの救いの業を記念し祝うのです。
また、復活徹夜祭には古くから洗礼式が行われます。洗礼は古い罪の人間に死んでキリストと共に新しい生命に復活する(キリストの追越に与かり、共に復活の生命に生まれる)ことです。
水を額に流すのは、水の中を通り抜けることのしるしなのです。私たちもこのキリストの過越に与かり、主の復活の喜びを分かち合うことが出来ますようにしたいものです。

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