2026年1月11日  A年  主の洗礼 典礼について

第一朗読   イザヤ42・1-4、6-7

見よ、わたしの僕、わたしが喜び迎える者を。

答唱詩編   詩編29・1+2、3+4、9c+10+11

栄光は世界に及び、すべてを越えて神は偉大。

第二朗読   使徒言行録10・34-38

神は、聖霊によってイエスを油注がれた者となさった。

福音朗読   マタイ3・13-17

13そのとき、イエスが、ガリラヤからヨルダン川のヨハネのところへ来られた。彼から洗礼を受けるためである。14ところが、ヨハネは、それを思いとどまらせようとして言った。「わたしこそ、あなたから洗礼を受けるべきなのに、あなたが、わたしのところへ来られたのですか。」15しかし、イエスはお答えになった。「今は、止めないでほしい。正しいことをすべて行うのは、我々にふさわしいことです。」そこで、ヨハネはイエスの言われるとおりにした。16イエスは洗礼を受けると、すぐ水の中から上がられた。そのとき、天がイエスに向かって開いた。イエスは、神の霊が鳩のように御自分の上に降って来るのを御覧になった。17そのとき、「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」と言う声が、天から聞こえた。

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洗礼の列に並ぶイエス

降誕節は「主の洗礼」の祝日までとされています。イエスがヨルダン川で洗礼を受けたのは生誕から30年前後と言われ、この洗礼の後、福音を述べ伝えていきます。

福音記者マタイは、洗礼を授けてほしいと頼むイエスと、イエスを思いとどまらせようとする洗礼者ヨハネの会話を描いています。ヨハネは、罪を悔い改め、神に立ち返るしるしとして人々に洗礼を授けていました。罪のないイエズスが悔い改めの列にならんだことから、とまどうヨハネにイエスはお答えになります。「今は、止めないでほしい。正しいことをすべて行うのは、我々にふさわしいことです。」(15節)

イエスは、その使命の出発点にあたり、弱く罪深いわたしたちと同じ列に並び、その罪を背負い、つねに共にいてくださることを、身をもって示してくださいました。

わたしたちもこのイエスの思いを心に留め、日々のあらゆる状況で、いつも洗礼の恵みに生きることができるよう、聖霊の導きを願いましょう。

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