2026年1月1日 神の母聖マリア 典礼について
第一朗読 民数記6・22-27
彼らがわたしの名をイスラエルの人々の上に置くとき、わたしは彼らを祝福する。
答唱詩編 詩編67・2+3、4+5、7+8
神のみ旨を行うことは、わたしの心の喜び。
第二朗読 ガラテヤ4・4-7
神はその御子を女から生まれた者としてお遣わしになった。
福音朗読 ルカ2・16-21
そのとき、羊飼いたちは、16急いで行って、マリアとヨセフ、また飼い葉桶に寝かせてある乳飲み子を探し当てた。17その光景を見て、彼らは、この幼子について天使が話してくれたことを人々に知らせた。18聞いた者は皆、羊飼いたちの話を不思議に思った。19しかし、マリアはこれらの出来事をすべて心に納めて、思い巡らしていた。20羊飼いたちは、見聞きしたことがすべて天使の話したとおりだったので、神をあがめ、賛美しながら帰って行った。
21八日たって割礼の日を迎えたとき、幼子はイエスと名付けられた。これは、胎内に宿る前に天使から示された名である。
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心に納めて思い巡らす
ルカ福音書は、羊飼いたちの話を聞いて驚く人々の姿を伝えています。暗闇の中に輝く光を目の当たりにし、天使の声に導かれ、幼子を探し当てたというのですから、その驚きは想像に難くありません。その中で、マリアについてはただ一言「これらの出来事をすべて心に納めて、思い巡らしていた」と記されています。騒ぎ立てることも、感情をあらわにすることもなく、起こったすべてを静かに受け止めていたマリアの姿がここにあります。
マリアは、イエスというわが子でありながらも神である神秘の存在と、地上の生の最初の瞬間から最後の死の瞬間まで共に生き、見つめ続け、すべてを心にとどめていました。彼女は生涯、「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように」という受胎告知の時の言葉を貫いたのです。その姿勢こそが、喜びの時にも苦しみの時にも、彼女の心を神に結びつけていたのでしょう。
新しい年の始まりに、わたしたちは神の母聖マリアの祝日を迎えます。この一年、思いがけない出来事や不安に心が揺れるとき、マリアのようにすべてを神の御手に委ね、心に納めて思い巡らすことができるよう、神の母聖マリアの導きを願いましょう。
