2025年1月12日 C年 主の洗礼 典礼について
第一朗読 イザヤ40・1-5、9-11
主の栄光がこうして現れるのを、肉なる者は共に見る。
答唱詩編 詩編104・1+2a、24+33
神よ、あなたのいぶきを地のおもてに。
第二朗読 テトス2・11-14、3・4-7
この救いは、聖霊によって新しく生まれさせ、新たに造りかえる洗いを通して実現した。
福音朗読 ルカ3・15-16、21-22
そのとき、15民衆はメシアを待ち望んでいて、ヨハネについて、もしかしたら彼がメシアではないかと、皆心の中で考えていた。16そこで、ヨハネは皆に向かって言った。「わたしはあなたたちに水で洗礼を授けるが、わたしよりも優れた方が来られる。わたしは、その方の履物のひもを解く値打ちもない。その方は、聖霊と火であなたたちに洗礼をお授けになる。」
21民衆が皆洗礼を受け、イエスも洗礼を受けて祈っておられると、天が開け、22聖霊が鳩のように目に見える姿でイエスの上に降って来た。すると、「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という声が、天から聞こえた。
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主の僕として生きる
主の洗礼の祝日は降誕節の締めくくりとなる日で、各年とも福音はイエスの洗礼を伝える箇所が読まれます。
イエスは民衆とともに洗礼者ヨハネから洗礼を受け、これがイエスの神の子としての活動の起点となります。これは、悔い改めの必要があったからではなく、イエスが人としてわたしたちと交わり、罪を取り除いてくださるために来られたことを意味しています。
洗礼を受けた後、イエスは聖霊に満たされ、天から「わたしの愛する子」という声が聞こえてきました。この聖霊の力でイエスは御父と強く結ばれ、強められ、神の計画に従って生きることができたのではないでしょうか。
この二つの出来事により、イエスを介して、わたしたちは神と結びつけられました。「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という神の愛は、わたしたちにも向けられており、その愛に応えることが求められているのです。
来週から始まる年間、続く四旬節、復活節を通じて、洗礼と聖霊に満たされた堅信の秘跡を思い、神の心に適うものとして生活ができるよう、聖霊にその助けを願いましょう。