2024年5月26日 B年 三位一体の主日 典礼について

第一朗読   申命記4・32-34、39-40

上の天においても下の地においても主こそ神であり、ほかに神はいない。

答唱詩編  詩編33・4+5、6+11、20+21

神の注がれる目は、神をおそれる者に、神の愛に希望をおく者の上に。

第二朗読  ローマ8・14-17

神の子とする霊を受け、この霊によってわたしたちは、「アッバ、父よ」と呼ぶ。

福音朗読  マタイ28・16-20

そのとき、2816十一人の弟子たちはガリラヤに行き、イエスが指示しておかれた山に登った。17そして、イエスに会い、ひれ伏した。しかし、疑う者もいた。18イエスは、近寄って来て言われた。「わたしは天と地の一切の権能を授かっている。19だから、あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、20あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」

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父と子と聖霊の愛

教会の暦は先週の聖霊降臨の主日の翌日から「年間」に入り、その最初の主日であるこの日に三位一体の主日を祝います。

今日読まれる福音の中で、イエスは「父と子と聖霊の名によって洗礼を授け」「すべての民をわたしの弟子に」するように命じています。「洗礼」と言う言葉には「浸す」「沈める」という意味があります。イエスの弟子となるとは、父と子と聖霊の三位の交わりの中に「浸る」、つまりはその中に入ることと言えます。聖霊によって神の存在を身近に感じ、その交わりに浸る時、「アッバ、父よ」という呼びかけられるほど、わたしたちは神との関係を深め、その無限の愛につながることができるのです。

他方、福音にはイエスの弟子の中にも復活したイエスとの出会いを疑う者もいたと記されています。弱いわたしたちにとって、イエスの弟子たちと同様に、人生で神を信じられなくなってしまう場面に遭遇することは、ままあるでしょう。しかし、イエスはそのようなわたしたちにさえ「いつもあなたがたと共にいる」と言ってくださっています。

日々の生活の中にあっていつもイエスの愛を感じられるよう、自分の弱さを認め、祈りによって神に寄り頼み続けましょう。

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