2023年7月30日   A年   年間第17主日 典礼について

第一朗読   列王記上3・5、7-12

あなたは自分のために知恵を求めた。

答唱詩編   詩編125・57+72、127+129、160+162

主よ、あなたは永遠のいのちのことば。

第二朗読   ローマ8・28-30

神は前もって知っておられた者たちを、御子の姿に似たものにしようとあらかじめ定められた。

福音朗読   マタイ13・44-52

そのとき、イエスは人々に言われた。44「天の国は次のようにたとえられる。畑に宝が隠されている。見つけた人は、そのまま隠しておき、喜びながら帰り、持ち物をすっかり売り払って、その畑を買う。

45また、天の国は次のようにたとえられる。商人が良い真珠を探している。46高価な真珠を一つ見つけると、出かけて行って持ち物をすっかり売り払い、それを買う。」

47「また、天の国は次のようにたとえられる。網が湖に投げ降ろされ、いろいろな魚を集める。48網がいっぱいになると、人々は岸に引き上げ、座って、良いものは器に入れ、悪いものは投げ捨てる。49世の終わりにもそうなる。天使たちが来て、正しい人々の中にいる悪い者どもをより分け、50燃え盛る炉の中に投げ込むのである。悪い者どもは、そこで泣きわめいて歯ぎしりするだろう。51あなたがたは、これらのことがみな分かったか。」弟子たちは、「分かりました」と言った。52そこで、イエスは言われた。「だから、天の国のことを学んだ学者は皆、自分の倉から新しいものと古いものを取り出す一家の主人に似ている。」

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「天の国」のたとえ

マタイによる福音書13 章は、天の国についての3つのたとえ話でしめくくられます。

最初のたとえ話は、天の国を手に入れること、すなわち、イエスに従うことの価値を知ることの重要性を暗示しています。イエスの生き方を生きること、それ自体が宝であることを知っていれば、他人がどう思おうと、喜んで日常の価値観をすべて捨てて、最優先でイエスに付き従うことができるのです。

2番目のたとえ話は、天の国の価値を知ることに加え、それを探し求めることも重要であると説いています。天の国は、ただ待っていれば手に入るものではありません。「探して」「見つけ」「出かけて行って」「持ち物をすっかり売り払い」(45-46節)ようやく手に入れられると、イエスはおっしゃっています。

最後のたとえ話は、天の国には、良い人も悪い人も等しく招かれていることを示唆しています。わたしたちの善悪の判断で、天の国を宣べ伝える相手を選んではなりません。天の国が得られるかどうかは、神のご判断だからです。

わたしたち一人ひとりが、天の国という宝を見つけた喜びを日常のことばや行動をとおしてあかしすることができるよう、おとめマリアが取り次いでくださいますように。

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