2021年11月7日 (B年) 年間第32主日 典礼について

第一朗読  列王記上17・10-16

やもめは小麦粉で小さいパン菓子を作って、エリヤに持っていった。

答唱詩編  詩編146・1+2+10a、6c+7、8ac+9bc

いのちあるすべてのものは、神をたたえよ。

第二朗読  ヘブライ9・24-28

キリストは、多くの人の罪を負うためにただ一度身を捧げられた。

福音朗読  マルコ12・38-44

そのとき、38イエスは教えの中でこう言われた。「律法学者に気をつけなさい。彼らは、長い衣をまとって歩き回ることや、広場で挨拶されること、39会堂では上席、宴会では上座に座ることを望み、40また、やもめの家を食い物にし、見せかけの長い祈りをする。このような者たちは、人一倍厳しい裁きを受けることになる。」

41イエスは賽銭箱の向かいに座って、群衆がそれに金を入れる様子を見ておられた。大勢の金持ちがたくさん入れていた。42ところが、一人の貧しいやもめが来て、レプトン銅貨二枚、すなわち一クァドランスを入れた。43イエスは、弟子たちを呼び寄せて言われた。「はっきり言っておく。この貧しいやもめは、賽銭箱に入れている人の中で、だれよりもたくさん入れた。44皆は有り余る中から入れたが、この人は、乏しい中から自分の持っている物をすべて、生活費を全部入れたからである。」

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すべてを捧げる

聖書では貧しいものの代表としてやもめがよく登場します。やもめは誰からも助けを得ることができず、わずかな生活費で日々を送っています。今日、読まれる福音では、そのやもめが、持っている物、生活費のすべてをささげたことが描かれています。「生活費」という言葉は、原語では「生活」も意味しますので、やもめは生活のすべてを神に捧げたとも受け取れます。ここまで生きてこられたのは神の助けがあったからだということを彼女は知っていたのでしょう。

第一朗読に登場するやもめも、エリヤを助けるために生活に必要な食糧のすべてを差し出しました。手元には何も残りませんので、あとは神にゆだねるしかありません。神はこのように助けを必要としている人を気にかけられますが、律法学者は神の御心に反して、自分の権威を強調することに腐心しやもめを食い物にしています。イエスはそのような行いに厳しい目を向けられるのです。

わたしたちも、やもめの信仰に見倣い、自分自身を謙虚に惜しみなく捧げることができるよう、聖母マリアの取り次ぎを願いましょう。

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