田園7月号 巻頭言
田園7月号巻頭言 助祭叙階のお恵みを頂いて
助祭 アシジのフランシスコ 今井 慶
私は、三月二十八日金曜日に、田園調布教会大聖堂にて助祭叙階の恵みを受けました。この恵みの時に多くの方々からご厚意
を賜ったことを深くお礼申し上げます。
さて、この巻頭言で自己紹介をしてくださいというお題をいただいたので、少しだけ自分のことについて書きたいと思います。
出身は東京のハ王子です。両親ともカトリックの信者で幼児洗礼を受けました。
洗礼名は「アシジのフランシスコ」です。
私の父方の祖父がアシジのフランシスコが好きだったと聞いています。キリスト教的な雰囲気の中で育てられました。
そしてフランシスコ会に入会し、兄弟たちに支えられて、ここではフランシスカン的な雰囲気の中で養成されました。フランシスコ会に入会して七年たちました。そのほとんどをこの田園調布修道院で過ごし、田園調布教会の皆さんからも本当によくしていただきました。特に教会学校を通しての関わりが大きかったように思います。
そして先日助祭になり、ようやくスタートラインに立たせていただいた感じです。
助祭とは、助祭叙階式緒言によれば、「荘厳に洗礼式を執行し、聖体を保管し、分け与え、教会の名において結婚に立ち会い、祝福し、死の近くにある者に聖体を授け、信者たちのために聖書を朗読し、人々に教え勧告し、信者の礼拝と祈りを司式し、準秘跡を授け、葬儀と埋葬をつかさどる」とあります。
私はいままで様々な教会の交わりの中で育ててもらいましが、これらの奉仕の務めを通して、教会に恩返ししていきたいと恩
います。そして、これらの奉仕の務めをするにあたって、叙階式で幸田司教様が言われたことばを大事にしていきたいです。
それは「階段を下りること、降りて、降りて、人々に奉仕するのが教会の奉仕者の姿です」ということぱです。
「叙階」というと階段をのぼって、高みへ行くような印象を与える日本語ですが、実は階段を降りるように人々のところへ行
きなさいという意味ですよというのが司教様の言いたかったことだと私は思いました。なお、幸田司教様の説教は、司教様のプログで見ることが出来ます。
最後に、司教様が叙階式の中で唱える「叙階の祈り」の一部を紹介して、祈りのうちに終わりたいと思います。
「福音に基づく生き方を示し、偽りのない愛をもち、病気の人や貧しい人に心をとめ、権威におごらず、清らかで純粋な心を保ち、霊に導かれて正しい道を歩みますように。」
本当にこのような生き方ができるよう、これから一日一日を大切にして祈り求めていきたいです。